「大手企業だから安心」「福利厚生も手厚く、コンプライアンスもしっかりしているはず」。多くの人が抱くこのイメージは、残念ながら常に正しいとは限りません。
企業の規模に関わらず、従業員を不当に搾取する「ブラック企業」は存在し、その手口は年々巧妙化しています。
特に問題なのが、一見すると合法に見せかけた「違法な給与制度」です。
名だたる大企業であっても、固定残業代制度を悪用したり、「名ばかり管理職」を濫用したりすることで、従業員に支払うべき賃金を不当にカットしているケースが後を絶ちません。
もし、あなたが「うちの会社、給与制度がおかしいかもしれない」と感じているなら、それは気のせいではありません。
この記事では、大手企業にも見られる違法な給与制度の具体的な手口と、従業員として自身の権利を守るために取るべき行動を、ステップごとに詳しく解説します。
大手企業にも潜む、巧妙な「違法給与制度」の罠
まずは、どのような制度が違法、あるいは違法な運用をされやすいのかを知ることから始めましょう。
1. 「みなし残業(固定残業代)制度」の悪用
これは「給与に〇時間分の残業代が含まれています」という制度です。制度自体は合法ですが、以下のケースは違法です。
- 超過分の不払い 固定残業時間を超えて働いた分の残業代が支払われない。
- 不当に低い基本給 固定残業代を除いた基本給が、地域の最低賃金を下回っている。
- 説明・合意不足 雇用契約書や就業規則に、固定残業時間と金額が明確に記載されていない、または従業員の個別同意なく導入されている。
- 「定額働かせ放題」 「残業代は込みだから」という理由で、際限のない長時間労働を強いる。
2. 「管理監督者(名ばかり管理職)」の濫用
労働基準法上の「管理監督者」には、労働時間や休憩、休日の規定が適用されず、残業代は支払われません。つまり経営側の人間であるという立ち位置です。
しかし、法律上の管理監督者と認められるには、以下の要件をすべて満たす必要があります。
- 経営者との一体性 経営会議に参加するなど、企業の経営方針の決定に深く関与している。
- 出退勤の裁量 タイムカードなどで厳格に労働時間を管理されず、自身の裁量で出退勤を決められる。
- 地位にふさわしい待遇 管理職手当などが十分に支払われ、一般社員と比べて給与面で優遇されている。
これらの実態がないにもかかわらず、「課長」「マネージャー」といった役職を与えられただけで残業代が不支給になるのは、違法な「名ばかり管理職」です。
3. 「裁量労働制」の悪用
エンジニアやデザイナーなど、専門性の高い特定の職種において、労働時間の配分を従業員の裁量に委ねる制度です。
しかし、対象業務でない従業員に適用したり、実態として上司が出退勤時刻や業務の進め方を細かく指示しており、全く裁量がない場合は違法となります。
4. 「自爆営業」「損害賠償」の黙認
これは営業会社でよく見られる、ノルマを満たすことができない従業員が自分で商品を購入したり、ミスによって会社に損害を与えたとして全額を従業員に求償する行為です。
自動車販売会社において、営業マンが値引き分を自腹で補う光景は今も存在します。また顧客が代金を支払わない場合に、担当者である従業員に求償する会社も存在します。運送会社で荷物を破損させた場合に、全額ドライバーに請求する会社も少なくありません。
これらは全て違法です。運送会社においても、従業員に負担させるべき範囲は明確に決めらえていて、それを超えて請求した場合は違法となります。
5. 「最低賃金分」の貸付
信じられない話に聞こえるかもしれませんが、これも営業会社に見られる悪質な給与制度です。
完全歩合制の給与制度を取っている会社の場合、従業員の成績が低迷していると歩合給が最低賃金分を下回ることがあります。その時に従業員に最低賃金分を貸し付け、翌月の給与から控除するという会社も存在します。
これは明らかな違法行為です。最低賃金とは、従業員が自由に使える金銭であるという定義です。表面上、最低賃金を支払っているように見せかけ、従業員に返還させるのであれば、それは最低賃金ではありません。
また、それが合法な貸付だとしても、給与から天引きすることそのものが違法です。
「賃金全額払いの原則」への違反
労働基準法第24条では、「賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない」と定められています。これを「賃金全額払いの原則」と呼びます。
この原則により、会社が一方的に賃金から何かを天引き(相殺)することは、原則として禁止されています。
このケースでは、「貸付」と「返済」という形式をとっていますが、もし翌月の給与からこの「返済分」が天引きされるのであれば、それは「賃金全額払いの原則」に明確に違反します。
【ポイント】
- 会社が従業員にお金を貸していたとしても、それを理由に給与と相殺(天引き)することはできません。
- 賃金は賃金として全額支払い、貸付金は貸付金として別途返済してもらうのが、法律の基本的な考え方です。
「前借金相殺の禁止」の趣旨にも反する
労働基準法第17条は、「使用者は、前借金その他労働することを条件とする前貸の債権と賃金を相殺してはならない」と定めています。
これは、借金を理由に従業員を不当に拘束し、退職の自由を奪うなどの「強制労働」を防ぐための規定です。
「労働すること」を直接の条件としていない場合でも、毎月最低賃金相当額の支払いが「貸付」という不安定な形で行われることは、従業員を経済的に会社に縛り付けることにつながりかねず、この第17条が禁止する趣旨に反する行為と評価される可能性があります。
6.社会保険料の使用者負担分を労働者に請求する行為
これも信じられない話に聞こえるでしょう。
社会保険料の「使用者負担分」つまり会社が負担するべき部分を、従業員の給与から控除している会社もあります。これは明確な違法行為です。
社会保険制度(健康保険、厚生年金保険、介護保険など)や労働保険制度(雇用保険、労災保険)の保険料は、法律によって事業者(会社)と労働者(従業員)の双方が負担する割合が明確に定められています。
各法律で定められた事業主の「負担義務」
- 健康保険料・厚生年金保険料・介護保険料 原則として、保険料の総額を事業者と労働者で半分ずつ(折半)負担します。(健康保険法 第161条、厚生年金保険法 第82条)
- 雇用保険料 事業の種類によって保険料率が異なりますが、事業者と労働者の双方が、定められた負担率に応じて保険料を負担します。(労働保険徴収法 第31条)
- 労災保険料 業務上の災害から労働者を保護する制度であるため、保険料は全額事業者が負担します。(労働保険徴収法 第31条)
このように、法律は事業者に「使用者負担分」の支払いを明確に義務付けています。これを労働者に転嫁することは、これらの法律の規定に真っ向から違反する行為です。
多くの場合、この違法行為は「〇〇控除」などという曖昧な表現を使って給与から天引きしているのが実態です。
今すぐ始めるべき!自分の権利を取り戻す4ステップ
「おかしい」と感じたら、泣き寝入りは禁物です。以下のステップに沿って、冷静に行動を起こしましょう。
ステップ1:現状把握と「証拠」の収集
何よりも重要なのが、客観的な証拠を集めることです。これがなければ、後の交渉や手続きを有利に進めることはできません。
- 書類の確保:
- 雇用契約書、就業規則、賃金規程: 給与の計算方法や労働条件の根拠となります。
- 給与明細: 毎月必ず保管しましょう。基本給、各種手当、残業代の内訳が記載されています。
- 労働時間の実態記録:
- タイムカード、勤怠管理システムのスクリーンショット: 最も直接的な証拠です。
- PCのログイン・ログオフ記録: 客観的な労働時間の記録になります。
- 業務メールの送受信履歴: 深夜や休日に業務指示や報告をしているメールは有力な証拠です。
- 手帳やアプリでの業務日誌: 「何時から何時まで、どんな業務をしていたか」を毎日記録する習慣をつけましょう。
- 指示の記録:
- 上司との会話の録音: パワハラ発言や、違法なサービス残業を強要する指示などを記録します。
- メールやチャットの保存: 業務指示がわかるものはすべて保存しておきましょう。
ステップ2:社外の専門機関に相談する
証拠がある程度集まったら、一人で抱え込まずに専門家を頼りましょう。社内のコンプライアンス窓口も選択肢の一つですが、公平な対応が期待できない場合や、不利益な扱いを受けるリスクを考えると、まずは社外の機関に相談することをお勧めします。
- 総合労働相談コーナー(各都道府県労働局) / 労働基準監督署:
- 無料で相談でき、法的な問題点を指摘してくれます。労働基準法違反の疑いが強い場合は、会社への調査や是正勧告を行ってくれることもあります(匿名での情報提供も可能)。まずどこに相談すればよいか分からない場合の最初の窓口として最適です。
- 弁護士(労働問題に強い事務所):
- 法律のプロとして、具体的な解決策(交渉、労働審判、訴訟など)を提示してくれます。あなたの代理人として会社と交渉してもらうことも可能です。初回相談を無料で行っている法律事務所も多くあります。
- 労働組合(合同労組・ユニオン):
- 社内に労働組合がない、または機能していない場合でも、社外の合同労組(ユニオン)に一人で加入できます。組合は、個人に代わって会社と対等な立場で団体交渉を行う権利を持っています。
ステップ3:具体的なアクションを起こす
専門家と相談の上、以下の具体的なアクションを検討します。
- 内容証明郵便での請求: 弁護士などに依頼し、未払い賃金(残業代など)を請求する旨の通知書を会社に送付します。これにより、会社側にプレッシャーをかけると共に、請求の意思を明確にした証拠となり、時効の進行を一時的に止める効果もあります。なお、賃金請求権の時効は3年です。
- 労働審判: 裁判よりも迅速(原則3回以内の期日で終了)かつ柔軟な解決を目指す手続きです。労働審判官(裁判官)と労働問題の専門家が間に入り、話し合いによる解決を図ります。
- 訴訟: 話し合いでの解決が見込めない場合の最終手段です。時間と費用はかかりますが、判決には強制力があります。
ステップ4:心身の健康を最優先し、「転職」も視野に入れる
違法な労働環境で戦い続けることは、精神的に大きな負担を伴います。最も大切なのは、あなた自身の心と体の健康です。証拠収集や相談を進めつつ、並行して転職活動を行うことも、非常に有効な自己防衛策です。
不当な環境を変えるために戦うことも尊いですが、そこに見切りをつけ、正当に評価してくれる新しい環境へ移ることは、決して「逃げ」ではありません。むしろ、自身のキャリアと人生を守るための賢明な戦略です。
知識と行動が、あなた自身を救う
「クビになりたくない」「干されたくない」という理由で、給与に関する疑問や不満を飲み込んでしまう必要は一切ありません。違法な制度は、企業の規模に関わらず許されるものではありません。
正しい知識を身につけ、証拠を集め、専門家の力を借りて行動を起こすこと。その一歩が、あなたが受け取るべき正当な対価を取り戻し、そして何より、あなた自身の尊厳を守ることにつながります。泣き寝入りせず、勇気を持って、あなたの権利を主張してください。