「会社を辞めたいけれど、辞めさせてもらえない」。現代の日本において、このような悩みを抱える労働者が後を絶ちません。
筆者も若い世代の相談者から、よくそのような声を聞きます。ライフプランを考えて、今のうちに転職を考えたいと思っても、退職を伝えたとたん会社とドロ沼の争いになった・・・恐怖を味わいメンタルもダウンしてしまい・・・
本来、退職は労働者に認められた正当な権利です。しかし、人手不足や深刻なパワーハラスメントなどを背景に、その権利行使が著しく困難になっているケースが少なくありません。こうした状況で、労働者の駆け込み寺として注目を集めているのが「退職代行サービス」です。
本記事では、なぜ退職代行サービスの利用が拡大しているのか、その社会的背景と労働者の権利を守るという意義を解説し、なぜ数ある選択肢の中でも「弁護士による退職代行」が最善の選択と言えるのかを詳しく掘り下げていきます。
なぜ「退職代行」が必要とされるのか?追い詰められる労働者たち
民法第627条第1項では、「当事者が雇用の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる。この場合において、雇用は、解約の申入れの日から二週間を経過することによって終了する。」と定められています。つまり、正社員のように期間の定めのない雇用契約であれば、労働者は原則として2週間前に退職の意思を伝えれば、会社の承諾なく退職できるのです。
しかし、現実にはこの原則が通用しない職場が数多く存在します。
深刻な人手不足による強い引き止め
「後任が見つかるまで待ってくれ」「今辞められたら会社が潰れる」といった言葉で罪悪感を植え付け、退職を先延ばしにさせる。
会社はあなたの「なぜ退職したいのか」という思いや悩みには一切関心を持っていません。あなたは単なる人員の数字でしかないのです。
上司によるパワーハラスメント
退職の意向を伝えた途端、「裏切り者」と罵られたり、無視されたりといった嫌がらせが始まる。あるいは、上司の威圧的な態度が怖くて、そもそも「辞めたい」と切り出すことすらできない。
「そういうところだぞ」というツッコミができるほど、退職の意向を聞いた上司は狼狽します。そして保身のために短絡的に、暴力的に振舞うのです。平成初期の労働環境そのものです。
損害賠償請求などの脅し
「突然辞めるなら、これまでにかけた研修費用や穴が空いた分の損害を賠償してもらう」などと、法的に根拠のない脅し文句で労働者を萎縮させる。退職を強行すると、無断で退職金から損害賠償として天引きを行う。
これは明らかな犯罪行為です。
ここで明確に言えるのは、会社がリーガルチェックをしないまま脊椎反射的に脅しをかけてくるというところです。勢いで放っているだけで、後に法的にはアウトだと知ると急に大人しくなるものです。
退職手続きの妨害
退職届を受け取らない、離職票や源泉徴収票といった必要書類の発行を拒むなど、悪質な嫌がらせを行う。
これらの行為は、労働者の「退職の自由」という憲法で保障された「職業選択の自由」に付随する重要な権利を侵害するものです。
労働者一人では、こうした組織的な圧力や理不尽な要求に立ち向かうことは精神的に極めて困難です。この、いわば「自力で辞められない」という状況が、第三者の力を借りてでも退職を実現したいという需要を生み出し、退職代行サービスの市場を拡大させているのです。
退職代行が守るものとは?
退職代行サービスは、労働者に代わって会社に退職の意思を伝達するサービスです。その最大の意義は、労働者を会社との直接的な接触から解放し、精神的負担を劇的に軽減することにあります。
上司の顔色をうかがい、引き止めや嫌がらせに耐えながら退職交渉を行う必要はなくなります。代行業者が介入することで、感情的な対立を排し、あくまで事務的な手続きとして退職を進めることが可能になるのです。これは、追い詰められた労働者が心の健康を損なうことなく、次のステップへ進むための重要なセーフティネットと言えるでしょう。
退職代行の担い手と「非弁行為」のリスク
しかし、退職代行を利用するにあったって、注意しなければならない点があります。
弁護士ではない業者に退職代行を依頼するのはお勧めできません。むしろトラブルを大きくしてしまうリスクがあるのです。
現在、退職代行サービスを提供している事業者は、主に以下の2つに大別されます。
民間企業
比較的安価な料金設定が魅力ですが、弁護士資格を持たない民間企業が行えるのは、あくまで「退職意思の伝達」に限られます。それ以外の一切の交渉はできず、違法行為になります。
弁護士
法律の専門家として、退職意思の伝達はもちろん、法律基づいたあらゆる「交渉」や「請求」を代理人として行うことができます。退職書類を弁護士に確認してもらい、違法な手続きがないかどうか確認してもらうことも可能です。万が一、法的に問題のある書類がある場合は会社に付き返すこともできるのです。
ここで最も注意すべきなのが、民間企業による「非弁行為」のリスクです。弁護士法第72条では、弁護士資格のない者が報酬を得る目的で法律事務(交渉や請求など)を行うことを禁じています。
例えば、有給休暇の消化や買取交渉、未払いの給与や残業代の請求、退職金の請求といった行為は、単なる「伝達」を超えた「交渉」にあたります。これらを民間企業が行うと非弁行為となり、違法です。
会社側から「弁護士でなければ交渉には応じない」と突っぱねられたり、そもそもその代行業者自体が違法であることを指摘されたりするケースも少なくありません。そうなった場合、結局は弁護士に依頼し直すことになり、時間も費用も余計にかかってしまいます。
なぜ「弁護士による退職代行」を選ぶべきなのか
退職という局面は、単に「会社を辞める」という意思表示だけで終わらないことがほとんどです。未払い賃金の問題、有給休暇の消化、貸与品の返却、そして会社からの損害賠償請求への対抗など、様々な法律問題が付随してきます。これらの複雑で多岐にわたる問題を、適法かつ依頼者の利益を最大化する形で一手に引き受けられるのは、法律の専門家である弁護士だけです。
弁護士に依頼するメリットは計り知れません。
あらゆる法律問題への対応力
未払い残業代や退職金の請求、ハラスメントに対する慰謝料請求など、金銭的な請求を伴う交渉も全て任せることができます。金額の妥当性を法的に判断し、的確に請求を行うことが可能です。
訴訟へのシームレスな移行
万が一、会社との交渉が決裂し、労働審判や訴訟に発展した場合でも、そのまま代理人として対応を継続できます。民間企業や労働組合では、訴訟段階で改めて弁護士を探す必要があります。
会社に対する強力な抑止力
「弁護士」が代理人として通知を送るという事実そのものが、会社側に対する強力な牽制となります。不当な要求や違法な引き止め行為をしようとする会社側の意欲を削ぎ、誠実な対応を促す効果が期待できます。
絶対的な法的安心感
「法律のプロがすべてを合法的に処理してくれる」という安心感は、精神的に追い詰められた労働者にとって何物にも代えがたい価値があります。非弁行為のリスクに怯える必要もありません。
確かに、弁護士への依頼費用は民間企業に比べて高額になる傾向があります。しかし、それは未払い賃金の回収や慰謝料の獲得によって十分に相殺できる可能性があります。何より、トラブルを未然に防ぎ、自らの正当な権利を確実に守り抜き、円満かつ迅速に次の人生へと踏み出すための「投資」と考えれば、その価値は非常に高いと言えるでしょう。
今後の日本では退職時に弁護士を通すことが常識になるかも
戦後の日本社会では、労働者の権利は粗末に扱われてきました。会社の奴隷ともいえるような状態で、心身ともにすり減らして働くのが日本の労働環境だったと思います。
問題なのは、現代の労働問題が学校の社会で習ったように「資本家」と「労働者」という構図ではなく、労働者が格下の労働者に対し暴力的な圧力をかけているという点です。
労働環境については本来、労働組合が矢面に立って解決すべき問題ですが、残念なことに、パワーハラスメントや人権問題を同じ組合員である労働者が犯しているのです。労働者の敵が労働者・・・これでは労働組合は対処しきれません。
雇用主である会社と労働者は雇用契約書を交わしている以上、退職時はたとえ揉めていなくても弁護士を通してリーガル面をクリーンにすべきでしょう。嫌がらせ行為をシャットアウトし、次のキャリアをクリーンに移行させるために、必ず弁護士を通す時代が来るのではないかと筆者は考えています。
「退職代行など社会人として非常識だ」と言うのは50代の高齢社員たちでしょう。考えてみてください。パワハラやセクハラも、かつては「問題にするのは非常識だ」と言っていた高齢社員がいたのです。年を取ると新しい価値観を受け入れなくなるものです。
「セクハラなんて存在しない。コミュニケーションなのだから大げさに騒ぐな」と1990年代の50代の男性社員は平気で言っていたのです。今後、退職代行を否定する50代社員はあと10年で全員いなくなります。その後は、退職代行が常識となるかもしれません。
まとめ
退職は、労働者にとって新たなキャリアを築くためのポジティブな選択肢であるべきです。それを妨げるような職場環境や、権利行使を阻む圧力は、決して許されるものではありません。退職代行サービスの広がりは、日本の労働環境が抱える根深い問題を浮き彫りにしたと同時に、労働者の権利意識の高まりを示すものでもあります。
もしあなたが今、退職できずに悩み、苦しんでいるのであれば、一人で抱え込む必要はありません。そして、数ある選択肢の中から退職代行を選ぶのであれば、あらゆる事態に対応でき、あなたの権利を最大限に守ってくれる法律の専門家、「弁護士」に依頼することをお勧めします。それは、あなた自身の未来を守り、クリーンな形で次の一歩を踏み出すための、最も賢明で確実な選択となるはずです。