【全国版】妊孕性温存療法とは?がん治療前の選択肢と費用・助成金制度をFPが解説

妊孕性温存療法の助成制度について

「もしも、がんになったら・・・治療の影響で将来子どもを授かれなくなったら…」

そんな不安を抱える方にとって、希望の光となるのが「妊孕性温存療法(にんようせいおんぞんりょうほう)」です。

近年、国や自治体の支援制度も充実し、がんなどの治療前に将来の妊娠の可能性を残すためのこの選択肢が、より身近なものになりつつあります。

この記事では、妊孕性温存療法とは何か、どのような種類があるのか、そして最も気になる費用や全国で利用できる助成金制度について、網羅的に、そして分かりやすく解説します。

妊孕性温存療法とは?―子供を持つ希望をつなぐ医療

妊孕性温存療法とは、がん治療(抗がん剤、放射線治療など)や、その他特定の疾患の治療によって、妊娠・出産に必要な能力(妊孕性)が低下したり、失われたりする可能性がある場合に、その機能を温存するための医療のことです。

治療前に精子や卵子、受精卵などを凍結保存しておくことで、病気を乗り越えた後、子どもを授かるという夢を未来へつなぐことができます。

なぜ妊孕性温存が必要なのか?

がん治療に用いられる化学療法(抗がん剤)や放射線治療は、がん細胞だけでなく、正常な細胞にも影響を与えます。

特に、生殖機能をつかさどる卵巣や精巣は、これらの治療によるダメージを受けやすく、機能が著しく低下したり、永久に失われたりすることがあります。

この生殖機能を温存しておこうというのが、妊孕性温存療法です。

対象となるのは、がんだけでなく、白血病、再生不良性貧血などの血液疾患や、膠原病、若年性乳がんなど、妊孕性に影響を与える可能性のある治療が必要な様々な疾患です。

近年は、特に小児、思春期・若年成人(AYA世代:Adolescent and Young Adult)のがん患者に対する妊孕性温存の重要性が認識され、医療現場や国の支援体制の整備が進んでいます。

妊孕性温存療法の具体的な種類と流れ

妊孕性温存療法は、性別、年齢、医学的な状況(がんの種類、進行度、治療開始までの時間的猶予など)、そしてパートナーの有無によって選択できる方法が異なります。

男性の妊孕性温存療法

  • 精子凍結保存 最も一般的で、身体的負担が少ない方法です。精液を採取し、その中の精子を凍結保存します。
  • 精巣内精子採取術(TESE)
    • 方法: 射出精液中に精子が見つからない場合や、射精が困難な場合に、局所麻酔などを用いて精巣組織を一部採取し、その中から精子を回収して凍結します。
    • 特徴: 小さな手術が必要になりますが、無精子症の方でも精子を回収できる可能性があります。

女性の妊孕性温存療法

  • 未受精卵子凍結保存
    • 方法: 排卵誘発剤を使用して卵巣を刺激し、複数の卵子を育て、手術で体外に採卵。受精させていない状態の卵子を凍結保存します。
    • 特徴: パートナーがいない女性でも選択できます。排卵誘発から採卵まで2週間程度の期間が必要です。
  • 胚(受精卵)凍結保存
    • 方法: 未受精卵子凍結と同様に採卵し、パートナーの精子と体外受精させてできた受精卵(胚)を凍結保存します。
    • 特徴: 凍結・融解後の妊娠率は、未受精卵子よりも高いとされています。既婚者や事実婚のパートナーがいる方が対象です。
  • 卵巣組織凍結保存
    • 方法: 腹腔鏡手術により、卵巣の一部を摘出し、組織ごと凍結保存します。がん治療後、凍結した組織を融解して体内に移植することで、卵巣機能の回復を目指します。
    • 特徴: 思春期前で採卵が難しい女児や、治療開始まで時間的猶予がない場合に選択されます。まだ研究段階の医療と位置づけられています。

【重要】費用と全国の助成金制度について

妊孕性温存療法は、多くが保険適用外であり、高額な医療費が自己負担となるのが現状です。

しかし、この経済的負担を軽減するため、国と各自治体による助成金制度が設けられています。

治療にかかる費用の目安(保険適用外・自己負担額)

医療機関によって異なりますが、一般的な費用の目安は以下の通りです。

治療法初回の費用(凍結保存まで)の目安年間の維持管理費(更新料)の目安
精子凍結2万円~5万円1万円~3万円
未受精卵子凍結30万円~50万円2万円~5万円
胚(受精卵)凍結40万円~60万円2万円~5万円
卵巣組織凍結40万円~60万円2万円~5万円
精巣内精子採取術20万円~40万円1万円~3万円

※上記に加え、各種検査費用や診察料が別途必要になります。

国の支援事業と各都道府県の助成制度

国の「小児・AYA世代のがん患者等の妊孕性温存療法研究促進事業」に基づき、全国の都道府県(および一部の指定都市)で、治療費の一部を助成する制度が実施されています。

これは2021年当時の菅義偉内閣の大きな功績のひとつと言われています。

お住まいの地域ではどのような助成が受けられるか、必ず確認しましょう。

助成制度のポイント

  • 対象者
    1. 申請時に、その自治体内に住所があること。
    2. 対象となる原疾患(がん、白血病など)の治療により、妊孕性が低下するリスクがあると医師に診断されていること。
    3. 温存療法実施日における年齢が43歳未満であること。(自治体により異なる場合があります)
    4. 所得制限は、多くの自治体で設けられていません。
  • 助成対象となる費用
    • 妊孕性温存療法にかかった費用のうち、保険適用外の自己負担分。(初回の凍結保存費用)
    • 温存後生殖補助医療(凍結した精子・卵子・受精卵を用いて行う体外受精や顕微授精など)の費用。
  • 助成上限額の目安:
    • 妊孕性温存療法(初回)
      • 精子凍結:上限 2万円程度
      • 未受精卵子凍結:上限 20万円程度
      • 胚(受精卵)凍結:上限 35万円程度
      • 卵巣組織凍結:上限 40万円程度
      • 精巣内精子採取術等:上限 35万円程度
    • 温存後生殖補助医療
      • 治療内容や年齢に応じて、1回あたり5万円~30万円程度。回数制限あり(例:40歳未満は通算6回まで)。

注意点

  • 上記はあくまで一般的な目安です。助成額や対象要件は、お住まいの都道府県・市区町村によって異なります。
  • 凍結保存の更新費用(維持管理費)は、原則として助成の対象外です。
  • 一部の先進的な市区町村では、県や国の制度に上乗せして独自の助成を行っている場合があります。(例:東京都は維持管理費用の助成あり)

助成金申請の流れ(一般的な例)

  • 相談・情報収集: まずは主治医に妊孕性温存を希望する旨を相談します。がん診療連携拠点病院などに設置されている「相談支援センター」や、生殖医療専門のクリニックに相談するのも検討します。
  • 医療機関の受診: 主治医から紹介状をもらい、妊孕性温存療法を実施している医療機関を受診します。
  • 必要書類の準備: 助成金の申請には、自治体が指定する申請書に加え、「妊孕性温存療法に関する証明書」などを医師に作成してもらう必要があります。
  • 治療の実施と費用支払い: 医療機関で治療を受け、いったん費用を全額支払います。
  • 自治体へ申請: 治療終了後、必要書類を揃えて、お住まいの地域の保健所や担当課へ申請します。
  • 助成金の交付: 審査後、指定した口座に助成金が振り込まれます。

※いったん、費用を全額支払う必要があることに注意が必要です。

まずはどこに相談すればいい?

病気の診断を受けた直後は、精神的にも時間的にも余裕がないかもしれません。しかし、妊孕性温存療法は、原疾患の治療が始まる前の限られた時間で行う必要があります。

少しでも「将来、子どもの可能性を残したい」という気持ちがあれば、まずは以下の窓口に相談してください。

  • 現在治療を受けている病院の主治医や看護師
  • がん診療連携拠点病院の「相談支援センター」
  • 日本がん・生殖医療学会 学会のウェブサイトでは、登録医療機関のリストが公開されており、お近くの相談できる病院を探すことができます。
  • お住まいの都道府県・市区町村の保健所や担当課

お金の問題だけではなく、メンタルの安定も大切にしてください

妊孕性温存療法は、厳しい病気の治療に立ち向かう患者さんとそのご家族にとって、未来への大きな希望となり得る選択肢です。

かつては経済的な負担が大きな壁となっていましたが、国や自治体の支援制度が整ってきたことで、そのハードルは少しずつ下がっています。

この記事でご紹介した内容は、あくまで全国的な概要です。助成制度の詳細は、必ずご自身がお住まいの自治体の最新情報を確認し、医療機関とよく相談の上で、最適な選択をしてください。

お金以上に大切なのは、自分自身のメンタル状態の安定です。原疾患の診断を受けてショックを受けているさなかに、妊孕性温存療法の検討も始めるのは、精神に大きな負担がかかります。パートナーの真剣な協力も欠かせません。

自分の精神状態を追い詰めることがないよう、家族や友人に話し相手になってもらうことも大切なことです。