ある日突然、自分や大切な家族が脳卒中に倒れたら…。
一命を取り留めた安堵もつかの間、多くの家族の方が本人の姿を目の当たりにして、大きなショックを受けます。
目の焦点は合わず、ぐったりと無表情で、口を開けてベッドに寝ているのです。半身の麻痺や失語、構音障害、排泄障害・・・
「後遺症は残るのか」「元の生活に戻れるのか」「リハビリにはどれくらいの費用と期間がかかるのか」といった、尽きない不安に直面します。
脳卒中後の人生を大きく左右するのが「リハビリテーション(以下、リハビリ)」です。しかし、その全体像は複雑で、特に費用や期間については情報が少なく、不安を感じている方も多いのではないでしょうか。
この記事では、脳卒中当事者やそのご家族が抱える疑問や不安を解消するために、以下の点を網羅的に、そして分かりやすく解説します。
筆者自身も、家族の脳卒中で大きな不安を経験した一人です。ご家族の不安をよく理解しています。
- 脳卒中リハビリの3つのステージ
- 回復期リハビリ入院のリアルな期間と費用
- 入院中に行われる専門的なリハビリの内容
- 退院後の選択肢と公的保険リハビリ
- 可能性を広げる「自費リハビリ」の費用対効果
この記事を最後までお読みいただくことで、脳卒中リハビリの全体像を把握し、ご自身の状況に合わせた最適な選択をするための一助となるはずです。
脳卒中リハビリの全体像|3つのステージで社会復帰を目指す
脳卒中のリハビリは、発症した直後から始まる長い道のりです。
一般的に、病状の回復段階に合わせて「急性期」「回復期」「生活期(維持期)」の3つのステージに分けられ、それぞれの段階で目的と役割が異なります。
- 急性期リハビリ(発症~約1ヶ月)
- 場所: 脳神経外科や集中治療室(ICU)など、主に救急搬送された病院。
- 目的: 生命の危機を脱し、病状を安定させることが最優先です。その上で、早期からベッドサイドでリハビリを開始し、廃用症候群(寝たきりによる筋力低下や関節の拘縮など)を防ぎます。関節を動かしたり、座る練習をしたりと、ごく基本的な訓練から始めます。
- 回復期リハビリ(発症~6ヶ月)
- 場所: 回復期リハビリテーション病院(病棟)。
- 目的: 機能回復が最も期待できるこの時期に、集中的なリハビリを行います。医師、看護師、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士などがチームを組み、患者さん一人ひとりに合わせたプログラムで、在宅復帰や社会復帰を目指します。本記事では、この回復期リハビリを中心に詳しく解説します。
- 生活期(維持期)リハビリ(退院後~)
- 場所: 自宅、通所リハビリ(デイケア)、訪問リハビリ、外来リハビリなど。
- 目的: 回復期で取り戻した心身の機能を維持・向上させ、再発を予防しながら、その人らしい生活を再構築していく段階です。退院後の生活を支える重要なリハビリです。
【本題①】回復期リハビリテーション病院での入院費用と期間
多くの患者さんとご家族が最も気になるのが、集中的なリハビリを行う「回復期」の入院期間と費用でしょう。
入院期間の目安は「最大150日~180日」
回復期リハビリテーション病院への入院期間は、患者さんの状態によって異なりますが、診療報酬制度によって上限が定められています。
- 高次脳機能障害を伴う重症脳血管障害など: 最大180日間
- 上記以外の脳血管疾患(脳卒中など): 最大150日間
これはあくまで上限であり、実際には回復の状況や退院先の環境調整の進捗などによって、これより早く退院となるケースも少なくありません。
多くの病院では、平均的な入院期間を3ヶ月(約90日)前後としている場合が多いようです。この期間では十分な回復に至っていないことがほとんどで、家族は大きな不満、不安を抱えることになるでしょう。
担当の医師やソーシャルワーカーと定期的に面談を行い、リハビリの進捗を確認しながら、退院の時期を相談していくことになりますが、家族は心が大きく乱れるはずです。
入院費用の目安と「高額療養費制度」の活用
回復期リハビリの入院費用は、公的医療保険が適用されます。自己負担額は年齢や所得に応じて原則1割~3割です。
費用の内訳は、主に以下の項目で構成されます。
- 入院基本料
- リハビリテーション料
- 食事療養費(食費)
- 居住費(光熱水費相当) ※医療区分・所得区分による
- その他(差額ベッド代、オムツ代、日用品費など)
これらを合計すると、1ヶ月あたりの自己負担額は一般的に15万円~30万円程度になることが多いですが、ここで必ず知っておきたいのが「高額療養費制度」です。
【重要】高額療養費制度とは?
高額療養費制度とは、医療機関や薬局の窓口で支払った額が、暦月(月の初めから終わりまで)で一定の上限額を超えた場合に、その超えた金額が支給される制度です。この上限額は、年齢や所得によって区分されています。
<70歳未満の方の自己負担限度額(月額)例>
所得区分 | 自己負担限度額 |
年収約1,160万円~ | 252,600円+(総医療費-842,000円)×1% |
年収約770万~約1,160万円 | 167,400円+(総医療費-558,000円)×1% |
年収約370万~約770万円 | 80,100円+(総医療費-267,000円)×1% |
~年収約370万円 | 57,600円 |
住民税非課税者 | 35,400円 |
※2025年7月時点の一般的な区分です。
例えば、年収500万円の方が1ヶ月の医療費(10割負担)で100万円かかった場合、窓口での自己負担は3割の30万円ですが、高額療養費制度を適用すると、自己負担額は「80,100円 + (100万円 – 267,000円) × 1% = 87,430円」となります。
入院前に「限度額適用認定証」を保険者に申請し、病院の窓口に提示すれば、支払いをこの自己負担限度額までに抑えることができます。この制度を必ず活用し、経済的な負担を軽減しましょう。
結論として、回復期リハビリ入院の1ヶ月あたりの実質的な自己負担額は、食事代や雑費を含めても、多くの場合で10万円~20万円程度に収まるケースが多いと言えます。
ただし、これはあくまでも机上の計算です。
入院期間が月をまたぐとこの通りではありません。こちらの記事にまとめています。
【本題②】入院中のリハビリ内容|専門職チームによるアプローチ
回復期病院では、「365日リハビリ体制」を掲げ、土日祝日も休まず、1日に最大3時間(9単位)の集中的なリハビリが行われます。
主に以下の3つの専門職が連携して、患者さんの機能回復をサポートします。
専門職について解説していきます。
1. 理学療法士(PT: Physical Therapist)
「起きる」「座る」「立つ」「歩く」といった基本的な動作能力(運動機能)の回復を専門とします。
- 主なリハビリ内容:
- 関節可動域訓練: 麻痺などで硬くなった関節を動かし、動きを滑らかにします。
- 筋力増強訓練: 弱くなった筋肉を鍛え、動作の安定性を高めます。
- 基本動作訓練: 寝返り、起き上がり、座位保持などの練習をします。
- 歩行訓練: 平行棒内での歩行から始め、杖や装具を使った屋外歩行まで、段階的に能力を高めます。
- 物理療法: 電気刺激や温熱療法で、痛みや麻痺の軽減を図ります。
2. 作業療法士(OT: Occupational Therapist)
食事、着替え、入浴、トイレ、家事など、より応用的で実生活に即した動作(日常生活活動:ADL)の再獲得を目指します。
- 主なリハビリ内容:
- 上肢機能訓練: 麻痺した手の機能回復を目指し、物をつかむ、書くなどの練習をします。
- 日常生活動作訓練: 利き手交換の練習、自助具を使った食事や着替えの訓練を行います。
- 高次脳機能訓練: 記憶障害や注意障害など、目に見えない後遺症に対するアプローチを行います。(パズル、計算、作業手順の確認など)
- 家事動作訓練: 模擬キッチンなどを使用し、調理や掃除といった家事の練習をします。
- 福祉用具の選定・住宅改修のアドバイス: 退院後の生活を見据え、手すりの設置や使いやすい道具の提案をします。
3. 言語聴覚士(ST: Speech-Language-Hearing Therapist)
「話す」「聞く」「読む」「書く」といったコミュニケーション機能の障害(失語症)や、ろれつが回らない構音障害、そして「飲み込み」の問題(嚥下障害)を専門とします。
- 主なリハビリ内容:
- 失語症訓練: 絵カードや文字カードを使い、言葉を思い出し、話す練習をします。
- 構音訓練: 口唇や舌の運動、発声練習を行い、明瞭な発音を目指します。
- 嚥下訓練: 飲み込みに関わる筋肉のトレーニングや、安全な食事の姿勢、食べやすい食事形態(とろみ食など)の指導を行います。
- 高次脳機能訓練: 作業療法士と連携し、思考や記憶に関するリハビリも担当します。
これらの専門職が定期的にカンファレンスを開き、患者さんの情報を共有しながら、一人ひとりの目標達成に向けてチーム一丸となってサポートします。
【本題③】退院後の選択肢と注目される「自費リハビリ」の効果
最大180日という期限がある回復期リハビリを終えた後、多くの方が「リハビリはもう終わりなの?」という不安を感じます。発症時期のような悲惨な状態を脱し、かなり回復が見れれるとはいえ、まだまだ自立した生活ができるとは言えない状態です。
しかし、退院後もリハビリを継続することが、機能の維持・向上と、より良い生活の実現には不可欠です。
退院後はどのようなリハビリを受けられるのでしょうか。
公的保険を使った生活期リハビリ
退院後は、主に介護保険(65歳以上、または40~64歳で特定疾病の方)を利用してリハビリを継続するのが一般的です。
- 通所リハビリテーション(デイケア): 施設に通い、理学療法士などによる専門的なリハビリを受けるサービスです。送迎があり、他者との交流の機会にもなります。
- 訪問リハビリテーション: セラピストが自宅を訪問し、実際の生活環境の中でリハビリを行います。外出が困難な方に適しています。
- 外来リハビリ(医療保険): クリニックなどに通院してリハビリを受けますが、医療保険制度の制約上、脳卒中後のリハビリを長期間継続するのは難しい場合があります。
これらの公的保険リハビリは費用負担が少ないという大きなメリットがありますが、リハビリの時間や頻度に限りがあり、「もっとリハビリをしたい」「もっと改善したい」という思いに応えきれないケースも少なくありません。
若い患者さんの場合は、本人もご家族も内容は物足りないでしょう。
【本題④】可能性を広げる選択肢「自費リハビリ」とは?
そこで今、注目を集めているのが「自費リハビリ(保険外リハビリ)」です。
自費リハビリとは?
公的保険の制度やルールの枠外で提供されるリハビリサービスです。全額自己負担となりますが、その分、質の高いリハビリを、時間や回数の制限なく受けることができます。
費用のことを抜きにして考えると、本人と家族にとって希望を感じるサービスです。
自費リハビリの費用
費用は施設やプログラムによって大きく異なりますが、1回60分~90分で15,000円~30,000円程度が相場です。週3回のリハビリで月に30万円程度となります。
超高額に感じますが、病院でのリハビリとほぼ同額です。病院の場合は3割負担となり、高額療養費制度を使えますが、自費リハビリは10割負担ということです。
短期集中プログラムや回数券など、様々なプランが用意されています。料金に見合うメリットがあります。
自費リハビリのメリットと効果
自費リハビリは、公的リハビリにはない量と、質が確保されています。
- 圧倒的なリハビリ量と時間: 公的保険リハビリが週に1~2回、1回40分~60分程度であるのに対し、自費リハビリでは週に何度も、1回2時間以上の長時間の個別リハビリが可能です。「改善のためにはリハビリ量が重要」という脳科学の原則に基づき、集中的なアプローチで脳の可塑性(回復力)を最大限に引き出します。
- オーダーメイドのプログラム: 完全マンツーマンで、後遺症の状態はもちろん、「仕事に復帰したい」「趣味のゴルフを再開したい」「旅行に行きたい」といった個別の目標達成に特化した、完全オーダーメイドのプログラムを組むことができます。
- 先進機器や専門知識の活用: 最新のリハビリ機器(ロボットスーツなど)や、海外の先進的なリハビリ手技を積極的に導入している施設も多く、改善の可能性をさらに広げることができます。
- 「改善の停滞期」を乗り越える可能性: 「もうこれ以上は良くならない」と回復を諦めかけていた方が、自費リハビリによって麻痺が改善したり、歩けるようになったりするケースは少なくありません。公的保険リハビリの「維持」という目的を超え、「改善」を諦めないアプローチが最大の魅力です。
自費リハビリには高額な費用がかかる
自費リハビリを1年間継続したとすると、一般的に360万円もの費用が必要です。
もしこれに事前に備えるとしたら、「三大疾病一時金保険」に加入しておくのがベストです。三大疾病(がん、心疾患、脳血管疾患)に罹患した場合、一時金で500~1,000万円が受け取れると、この自費リハビリ費用に使えます。
若い方の場合、職場復帰はもちろん、家庭での自立した生活を目指したいと思うはずです。現在の生命保険を見直しておく必要があります。
すでに罹患して十分な保険を受け取れない場合、貯蓄がない場合、FPとしてはローンを組んででも自費リハビリをすることをお勧めします。家族を支えた経験者としても自費リハビリには大きな期待を持っていいと断言します。
新車1台分の費用です。費用以上の大きな価値があります。
まとめ
脳卒中後のリハビリは、急性期から始まり、回復期での集中的な訓練を経て、退院後の生活期へと続く長い道のりです。
- 回復期リハビリの期間は最大150日~180日。
- 費用は高額療養費制度を使えば、月々の実質負担は10万~20万円程度が目安。
- 入院中のリハビリは、理学療法・作業療法・言語聴覚療法がチームでサポート。
- 退院後は、公的保険リハビリに加え、「もっと改善したい」という思いに応える自費リハビリという選択肢がある。
突然の病に未来を悲観してしまうこともあるかもしれません。しかし、現代のリハビリは日々進歩しており、あなたの「良くなりたい」という強い意志と、適切なリハビリが組み合わされば、回復の可能性は決して閉ざされません。
まずは、目の前の主治医や病院のソーシャルワーカー、そしてリハビリを担当してくれる専門職とよく話し合うことから始めましょう。
あきらめずにリハビリに取り組み、自立した生活を取り戻しましょう。