「いつかは夢のマイホームが欲しい!」
かつて多くの人が抱いたこの願いは、2025年現在、大きな岐路に立たされています。
もはや、住宅は誰もが買える値段ではありません。ほんの数年前、コロナ禍の前までは、夫婦二人で共働きをしていて年齢が若ければ、ほとんどの人が手に入れられたものです。
それが今、どうでしょうか。
ハウスメーカーが催す完成見学会などを見ていると、土曜日曜の二日間で来場が10組に満たないなど、めずらしくありません。特に地方では、住宅営業マンには極度の業績不振で退職する人も目立ちます。
平均的な年収の世帯では、住宅を買うのは正直なところ・・・無理でしょう。青森県の人口20万人の都市でさえ、住宅の値段は土地込みで平均4,000万円です。筆者が相談を受けている案件だけ抜き取ってみると、2025年7月現在、平均6,000万円弱です。
そして住宅を購入している夫婦の、平均世帯年収は1,200万円です。2013年ころは、世帯年収450万円の夫婦も新築住宅を買っていたのが信じられないほどです。
全国の新築戸建て住宅市場では、買い手がつかない物件が増え、「家が売れない」という声が不動産業界の内外から聞こえてきます。
この現象は、一時的な景気の波によるものではなく、日本の社会構造そのものの変化が原因です。
なぜ、新築の家は売れなくなってしまったのでしょうか。
この記事では、家が売れない現象の背景にある5つの理由を解説していきます。
データが示す「家が売れない」という厳しい現実
まず、2025年の住宅市場がどのような状況にあるのか、客観的なデータから見ていきましょう。
国土交通省が発表する「住宅着工統計」や、不動産調査機関のレポートを分析すると、新築戸建て住宅市場の停滞は明らかです。
2023年から2024年にかけて、新築戸建て(分譲住宅)の着工戸数は減少傾向にあり、2025年に入ってもその流れは加速しています。
特に、これまで市場を牽引してきた首都圏郊外や地方都市においても、販売の長期化が目立ち、完成在庫(完成しているにもかかわらず売れ残っている建売物件)が増加傾向にあります。
例えば、不動産経済研究所のデータを見ると、首都圏における戸建て分譲の契約率は、好不調の判断ラインとされる70%を割り込む月が増えています。これは、市場に供給された物件のうち、買い手が見つかる割合が低下していることを意味します。
一方で、物件の販売価格は下がるどころか、むしろ上昇を続けています。ウッドショック以降に高騰した建築資材価格は高止まりし、加えてエネルギー価格の上昇、深刻な人手不足による労務費の高騰が、建築コストを押し上げ続けているのです。
つまり、市場では「価格は上昇し続けているのに、買い手の購買意欲と購買力が追いついていない」という、極めて深刻な需給のミスマッチが発生しているのです。
この「売れない」現実の裏には、一体どのような理由が隠されているのでしょうか。
なぜ家が売れないのか?5つの原因
新築戸建てが売れない理由は、一つではありません。経済、人口、ライフスタイルなど、複数の要因が複雑に絡み合っています。ここでは、その中でも特に影響の大きい5つの理由を掘り下げていきます。
理由1:異常なレベルで高騰し続ける「住宅価格」
最大の理由は、多くの購入希望者の年収上昇をはるかに上回るペースで住宅価格が高騰していることです。
- 建材価格の高騰: 2021年頃から始まった「ウッドショック」は落ち着きを見せたものの、セメントや鋼材、断熱材、住宅設備機器など、あらゆる建築資材の価格が上昇しました。さらに、ロシア・ウクライナ情勢に端を発するエネルギー価格の高騰は、資材の製造・輸送コストを直撃。これに円安が追い打ちをかけ、輸入資材に頼る部分が多い日本の建築業界のコストを構造的に押し上げています。
- 深刻化する人手不足: 建設業界では、職人の高齢化と若年層の入職者減による人手不足が長年の課題です。2024年4月から建設業にも適用された「時間外労働の上限規制(2024年問題)」は、労働環境の改善という面では不可欠な一方、一人当たりの労働時間が減ることで、工期の長期化や人件費の上昇につながっています。
これらのコスト上昇分は、最終的に物件価格に転嫁されます。
理由2:「増えない給料」と「住宅ローン金利の上昇」
価格が上がっても、それ以上に所得が増えれば問題はありません。しかし、現実はその逆です。
- 物価上昇に追いつかない賃金: 2024年から2025年にかけて、春闘では高い賃上げ率が実現されました。しかし、日用品や光熱費など、生活必需品全般の物価上昇ペースがそれを上回り、自由に使えるお金が増えたと実感できる人は多くありません。給与の額面は増えても、物価上昇分を差し引いた「実質賃金」はマイナス圏で推移する期間が長く続き、高額な住宅ローンの返済に踏み切る決断を鈍らせています。
- 金融政策の転換と金利上昇: 2024年3月、日本銀行はマイナス金利政策の解除を決定しました。すぐに住宅ローン金利が急騰するわけではありませんが、市場では「機械的に金利が上昇する」という見方が大勢を占めています。特に、変動金利でローンを組むことへの不安感は増しており、将来の返済額増加を恐れて住宅購入を躊躇しているようです。
理由3:「人口減少」と「世帯構造の変化」
短期的な経済要因以上に、日本の住宅市場に長期的な影を落としているのが、人口動態の変化です。
- 住宅需要の絶対量の減少: 日本の総人口は減少の一途をたどっており、住宅を必要とする人の絶対数が減っています。特に、住宅の主な購入層である30〜40代の人口は、今後さらに減少していくことが予測されています。これまでのように、ひたすら大量の住宅を供給すれば若者が買ってくれる、というビジネスモデルは時代遅れとなりました。
- 「標準世帯」の消滅: かつては「夫婦と子供2人」といった標準世帯が住宅購入の中心でした。単身世帯の増加しています。人口が減っている地域でも世帯数は増加しているのです。生涯未婚率も上昇を続けていて、「結婚して子供を作り家を買う」という価値基準が一般的にではなくなりつつあります。
理由4:「所有」から「利用」へ。ライフスタイルの変化
日本人の価値観の変化も、家が売れない原因です。
- 中古リノベーションという選択肢: 新築が買えないため、立地の良い中古物件を安く購入し、自分の好みに合わせてリノベーション(大規模改修)する選択が増えています。住宅性能が低い家をリノベーションしても建物寿命が延びるわけではないのですが、新築を変えないので仕方ありません。
- 賃貸志向: 終身雇用が崩壊し、転職や移住が当たり前になった現代において、35年もの長期間、同じ場所に縛られる住宅ローンを組むことに抵抗を感じる人が増えています。ライフステージの変化に柔軟に対応できる賃貸住宅の身軽さを好み、「所有」そのものに価値を見出さない層も一定数存在します。都心のマンション以外は不動産に資産価値がないのが現実。所有する必然性がないのです。
理由5:環境問題と政策の問題
環境問題も、住宅価格の高騰の原因になっています。
- 省エネ基準適合義務化: 2025年4月から、すべての新築住宅に省エネ基準への適合が義務化されました。断熱性能の向上や高効率な設備の導入は、光熱費の削減など住む人にとってメリットが大きい一方で、建築コストをさらに押し上げる要因にもなっています。義務とされる性能が上がるほど、小規模の工務店はコストアップを余儀なくされ低価格というこれまでの魅力を失いました。大手ハウスメーカーと、小規模工務店の建物価格に差がなくなり、大手との競争に巻き込まれた小規模工務店は倒産・廃業が増えつつあります。
格差社会は住宅業界で露骨になっている
2010年代のはじめ、ローコスト住宅が流行したことがありました。
坪単価30万円~40万円程度で買える、低コストの建物のことです。地方であれば郊外の土地を選べば、総額2,000万円以下で買えることもめずらしくありませんでした。
これを世帯年収350万円という低所得世帯がこぞって買ったのです。ローンの返済期間は40年。残価設定ローンで買った高級ミニバン(通称:残クレアルファード)が家の前に停まり、毎週のように家の前でBBQ・・・そのような光景を見かけた時代がありました。
残念ながら、この人たちは今後の金利上昇と物価上昇、建物の大規模修繕時が重なった時、家計破綻をします。今後、郊外の不人気の土地にある狭小住宅が、数多く中古で売り出されるはずです。
かつてローコスト住宅や建売住宅を買った層はもう家を買えない
このように、10年前に家を買えていた所得層は、もう家を買えなくなりました。世帯年収450万円では、借りられる住宅ローンは3,000万円程度が上限でしょう。3,000万円で買える家と土地は、地方であっても、明らかな安物です。
買わない方がいいし、買えない。それが現実です。
高所得者が買う住宅は、さらに高額なものに
いま、住宅を買えるのは、地方においても世帯年収1,200万円以上に限られます。
この所得層が6,000万円程度の物件を購入するイメージです。
一方で、建売住宅やローコスト住宅は、もはや安くないため低所得者が買えません。かといって、高所得層にとっては安物でしかなく、見向きもしないのです。
これが昨今、低コストの建売住宅が売れ残る原因です。
価格を下げるのは限界があるのに、一部の工務店や不動産業者は、「低価格なら買う人がいるだろう」という時代遅れの感覚を捨てきれていないようなのです。その結果、需要のない商品が作られてしまったのです。
2025年以降、住宅購入希望者が考えておくべきポイント
この厳しい市場環境は、価値観の転換を迫っています。
今は、焦って決断すべき時ではありません。価格が高止まりし、金利上昇のリスクがあります。
ライフプランを緻密に計算し、予算決めをしなければなりません。
2025年以降、住宅は金融商品ともいえる存在になります。
東京都心のマンションと同じく、所有したら終の棲家にするわけではなく、いずれ売却しセカンドライフを考えるための運用商品となります。家を買う時には住宅を専門とするファイナンシャルプランナーに相談することを強くお勧めします。
この場合、間違えてもFPと称した保険営業マンに住宅購入の相談をしないでください。保険屋さんの浅い一般論で住宅予算を決められるほど、昨今の経済情勢は優しくないのです。
住宅業界が考えておくべきポイント
ご存じの通り、「作れば売れる」時代は完全に終わりました。
これからは、新築住宅は一部の高所得層に向けた商売になっていきます。
- 「量」から「質」への転換: 大量供給モデルから脱却し、一戸一戸の質を高める戦略へシフトする必要があります。優れたデザイン性、高い省エネ性能、可変性のある間取りなど、価格に見合う価値の提供が不可欠です。
- ストック市場への本格参入: 中古住宅の仲介だけでなく、質の高いリノベーション事業を強化し、新築以外の選択肢を求める顧客層を取り込むことが急務です。
- 顧客との新しい関係構築: DX(デジタルトランスフォーメーション)を活用し、顧客の潜在的なニーズを分析したり、購入後の暮らしまでサポートしたりするなど、長期的な関係を築く視点が求められます。
ハウスメーカーでは本格的なFP相談が不可欠になります
これまでは、ハウスメーカーや工務店では、商談時にファイナンシャルプランナーを紹介する習慣はありませんでした。
ごく一部の意識の高い企業だけはFP相談を熱心に行ってきましたが、圧倒的多数の企業・営業マンはFP相談の価値を理解できなかったのが現状です。
営業マンが浅いアドバイスでライフプランの不安を解決できた時代はそれでよかったのです。
しかし今後は、住宅は金融商品と同じ、運用資産です。親世代のように家を建てたら終の棲家というわけにはいかないのです。住宅を資産価値を高め、一生のライフプランをアドバイスできなければ、ハウスメーカーは高所得層からは受け入れられません。
消費者の立場としても、FP相談を紹介しない企業・営業マンと商談を進めることは避けた方がいいでしょう。




























