住宅ローン控除(住宅ローン減税)は年を追うごとに複雑になっています。
もともとはシンプルな制度でしたが、省エネ基準が追加されたり、控除率が下がり控除期間が延長されたりするなど、税理士など税金のプロでも制度の全容を暗記している人はごく一握りでしょう。
その住宅ローン減税で、最近大きなトラブルが発生しています。
「居住用財産の3,000万円特別控除(以下、居住用特例)」と「住宅ローン減税(住宅ローン控除)」は併用できない
この部分についてです。
「両方の制度をうまく使って、最大限に節税したい!」
そう考えがちですが、原則として、この2つの制度を同じ年に併用することはできません。
この二つの制度を同じ年に利用しようとする人は、全員高額所得者です。東京都心のブランドマンションから違うマンションに住み替えた、高額納税者だけに当てはまる事例と考えていいです。
この記事では、マイホームの買い替えを検討している方に向けて、居住用特例と住宅ローン減税の併用についての注意点を解説していきます。
まずは基本をおさらい!二大優遇「居住用特例」と「住宅ローン減税」とは?
最適な選択をするためには、まずそれぞれの制度を正しく理解することが不可欠です。
居住用財産の3,000万円特別控除(居住用特例)
「居住用特例」とは、「マイホームを売却して得た利益(譲渡所得)から、最大3,000万円まで控除できる」という制度です。
例えば、購入時よりも高く家が売れて5,000万円の利益が出た場合です。
この特例を使えば課税対象となる利益を「5,000万円 – 3,000万円 = 2,000万円」に圧縮できます。譲渡所得にかかる税率は所有期間によって異なりますが(5年超で約20%、5年以下で約39%)、課税対象額が減ることで、納税額を大幅に抑えることが可能です。
主な適用要件とは?
- 自分が住んでいる家屋、または住まなくなってから3年後の年末までに売却すること。
- 売却した年の前年、前々年にこの特例や他のマイホーム関連の特例(買換え特例など)を利用していないこと。
- 親子や夫婦など、特別な関係にある人への売却ではないこと。
- 所有期間の長短は問われない。
この制度の最大のメリットは、大きな売却益が出た場合に絶大な節税効果を発揮する点です。
住宅ローン減税(住宅借入金等特別控除)
「住宅ローン減税」は、住宅ローンを利用してマイホームを新築、取得、または増改築した場合に、年末のローン残高の一定割合が、所得税(引ききれない場合は一部住民税)から最大13年間控除される制度です。
毎年の税負担を直接的に軽減してくれる制度です。所得税の支払いがゼロでなければ、誰でも減税を受けられる優れた制度です。
2024年・2025年の制度では、省エネ性能の高い住宅ほど控除額が大きくなる仕組みになっています。
《主な適用要件(2025年入居の場合)》
- 住宅ローンの返済期間が10年以上あること。
- 控除を受ける年の合計所得金額が2,000万円以下であること。
- 床面積が50㎡以上であること(所得1,000万円以下の場合、40㎡以上に緩和)。
- 取得後6ヶ月以内に入居し、その年の12月31日まで引き続き住んでいること。
- 省エネ基準を満たす住宅であること(2025年以降、省エネ基準を満たさない「その他の住宅」は減税対象外)。
住宅ローン減税の詳しい内容については、こちらの記事も参考にしてください。
なぜ併用できない?その理由と「併用禁止期間」
これら二つの制度は、なぜ併用が認められていないのでしょうか。その理由は、税制上の優遇措置の二重取りを防ぐためです。
国としては、マイホームの売却益に対する課税を大幅に免除したうえに、新しい家の購入についても税金を長期間にわたって控除する、という過度な優遇は避けるべきだと考えています。
これができてしまうと、高所得者ほど得をする社会となってしまいます。日本はいい意味で平等な国で、豊かな者が税制で優遇されさらに豊かになることを良しとしません。
この併用については国税庁により明確なルールが定められています。
併用禁止期間のルール
新しいマイホームに入居した年とその前後2年間(合計5年間)に、古いマイホームの売却で居住用特例の適用を受けると、新しいマイホームでは住宅ローン減税が受けられなくなります。
- 新居に入居した年の前年・前々年に居住用特例を使っている場合 → NG
- 新居に入居した年に居住用特例を使う場合 → NG
- 新居に入居した年の翌年・翌々年に居住用特例を使う場合 → NG
この「5年間の壁」を理解することが、併用を考える上での絶対的な前提条件となります。
【最重要ポイント】併用を実現するための戦略とタイミング
ところがです・・・
併用不可と聞くとがっかりするかもしれませんが、買い替えを戦略的に調整することで、結果的に併用が可能になります。
どちらの制度を優先するかは、「売却益」と「住宅ローン減税額」のどちらが大きいかによって決まります。ここでは2つのケースを見ていきましょう。
ケース1 売却益が大きい!「居住用特例」を優先する戦略
《こんな人におすすめ》
- 購入時より大幅に値上がりした不動産を売却し、多額の譲渡所得が見込まれる方。
- 居住用特例を使わないと、数百万円単位の譲渡所得税が発生してしまう方。
この場合はまず居住用特例を適用して、売却時の納税額を抑えることを最優先します。
【具体的なステップ】
- 旧居を売却し、確定申告で居住用特例を適用する。
- 住宅ローン減税の併用禁止期間を避けるため、新居への入居を、旧居を売却した年の「3年後以降」にする。
例えば、2025年に旧居を売却して3,000万円控除を使った場合、併用禁止期間は2023年〜2027年の5年間です。したがって、新しいマイホームで住宅ローン減税を受けるためには、2028年1月1日以降に入居する必要があります。
ただし、現実的には旧宅の売却から新居への入居までの丸二年間、賃貸に住まざるをえなくなります。その間の家賃の負担は大きく、税優遇メリットが全て無に帰す可能性は大です。
ケース2 賃貸に引っ越したくない!住宅ローン減税」を優先する戦略
《こんな人におすすめ》
- 旧居の売却益がほとんど出ない、または売却損(譲渡損失)が出る方。
- 売却益が少額で、居住用特例のメリットよりも13年間の住宅ローン減税総額の方が大きい方。
- 仮住まいの手間やコストをかけず、スムーズに新居に住み替えたい方。
この場合は、売却時の税金よりも、新居購入後の継続的な減税メリットを優先します。
【具体的なステップ】
- 新居を購入・入居し、その年から「住宅ローン減税」の適用を受ける。
- その後、旧居を売却する。この際、確定申告で「居住用特例」は適用しない。
旧居の売却益が出た場合は、その利益に対して居住用特例は使えません。所定の税率で譲渡所得税を納税することになります。
旧宅が戸建ての場合や、値下がりし続けたマンションの場合はこちらを選択することになるでしょう。
ややこしいことに・・・売却損が出た場合 もし旧居の売却で損失が出た場合は、「譲渡損失の損益通算及び繰越控除の特例」という別の制度があります。この特例は住宅ローン減税と併用が可能です。
どちらの制度を選ぶべき?その判断基準
では、自分はどちらのケースに当てはまるのか。その判断は、以下の3つのポイントを総合的に考慮して行いましょう。
譲渡所得(売却益)はいくらか?
これが最も重要な判断基準です。まずは、ご自身のマイホームの譲渡所得がいくらになるのかを概算してみましょう。
譲渡所得 = 売却価格 – (取得費 + 譲渡費用)
- 取得費: 物件の購入代金、建築費、購入時の仲介手数料などから、建物の減価償却費を差し引いたもの。
- 譲渡費用: 売却時の仲介手数料、印紙税など。
この計算の結果、譲渡所得が数百万円以上になるのであれば、居住用特例を使うことを検討します。逆に、ゼロに近いかマイナスになる場合は、迷わず住宅ローン減税を優先すべきです。
住宅ローン減税の総額はいくらか?
次に、もし住宅ローン減税を受けた場合に、13年間で合計いくらの税金が戻ってくるのかをシミュレーションします。これは、借入額、金利、適用される控除率、ご自身の所得税額によって変わります。(ただし、変動金利でローンを組んでいる場合は確実な計算は不可能です)
年間控除額(目安) ≈ 年末ローン残高 × 0.7% (※借入限度額あり)
この総額と、居住用特例を使わなかった場合の納税額を比較します。
仮住まい(賃貸)の家賃を考慮する
併用のためには、旧宅の売却から、新居への入居まで2年以上3年未満のタイムラグが必要です。
この期間は仮住まいとして賃貸に入居することになります。もし家賃が月18万円だとしたら、25ヶ月で450万円の負担です。
これだけで住宅ローン減税で還付される税金の最大額に匹敵します。制度の併用にあまり意味がなくなるので、仮住まいは家賃の低い社宅や、家賃が安いマンションを選ぶことになるでしょう。
あまり現実的ではないかもしれませんね。
まずは専門家へ相談を
居住用特例と住宅ローン減税の併用は、税理士でも間違えやすいポイントです。
2019年にこの併用についてミスリードしたとして、税理士が訴えられた事件がありました。そもそも住宅ローン減税の制度は複雑で、プロでもよく調べないと間違えてしまうのです。
ご自身で判断に迷った場合は、必ず税務署や税理士などの専門家に相談してください。
税制度について具体的な相談は法律で定められた税理士の独占業務です。税理士資格のないFPが相談に乗るのは違法行為です。FPはあくまでも一般論を解説することがしかできませんので、非税理士へ相談しないよう留意してください。




























