近年、従業員に兼業(副業)を認める企業が増えています。
ほんの10年前までは、社員が兼業をすることを厳しく禁止するのが常識だったと思います。しかし、ある時期を境に許可する流れに変わりました。
この背景にはいくつか理由があります。
終身雇用が崩れた現代、会社が従業員の生活防衛としての兼業を禁止する根拠がなくなったことがひとつです。業績や能力によって平気で解雇するような会社を社員は全く信用していません。若い人ほどそうでしょう。一切の愛着や義理はなく、一生を託すつもりなど毛頭ありません。勤務先は単なる取引先として考え、いざとなったらいつでも退職できるように(逃げられるように)準備しようと考えるのが当然です。
会社としても兼業を認めるメリットはあると考えています。多様化した日本社会で、社内だけで社員が成長するのは限界があります。兼業を通して社内では培えないスキルと人脈を得て、本業に活かしてくれたら・・・なんて都合のいいことを考えているわけです。実際のところ、社員が兼業で成功したら、本業に活かすなんてことは考えません。素早く退職し、兼業を本業にするはずです。
50代のおじさん管理職世代と、20代とは、もはや根底となる労働への認識が異なるのです。
この兼業、いま多くの会社で静かにトラブルが起き始めています。
それは、「会社は兼業の中身にどこまで関与して良いのか」という点です。
この記事では、社員の兼業に対して会社がどこまで干渉できるのか、その法的な境界線と、社員が会社と揉めた事例を解説していきます。
【鉄則】原則として会社は社員の兼業に干渉できない
まず知っておくべき大原則は、会社は社員の兼業に無制限に干渉することはできない、という点です。
勤務時間外は社員のプライベートな時間であり、そこで何をするかは基本的に個人の自由です。これは日本国憲法で保障されている「職業選択の自由」にも基づく考え方です。
もちろん、社員が会社の一員である以上、どのような兼業でも無条件に許されるわけではありません。特に公務員や金融機関勤務の場合は厳しく制限されています。
会社の正当な利益を守るため、企業は特定の条件下で兼業を制限したり、必要な措置を講じたりすることが認められています。「制限」とは、兼業先での振る舞いにルールを設けたり、特定の取引先との関係性を禁止することなどを指します。
しかし、この制限の仕方は、少し間違えると社員VS会社の大訴訟に発展します。
まずは会社の言い分を考えてみましょう。
会社が兼業に干渉できる4つの正当な理由
企業が社員の兼業に対して、禁止や制限といった干渉を検討できるのは、主に以下の4つのいずれかに当てはまる場合のみです。これらの理由がなければ、会社が一方的に兼業を禁止することは難しいでしょう。
本業の仕事に支障が出ていること
兼業によって心身が疲労し、本業のパフォーマンスが著しく落ちてしまうケースです。例えば、兼業が原因で本業の勤務時間中に居眠りをしたり、遅刻が増えたりするなど、労務提供がきちんとできなくなっている状態がこれにあたります。社員の健康を害するほどの長時間労働につながる場合も、会社は安全配慮義務の観点から干渉ができます。
会社の秘密情報が漏洩する危険があること
会社が最も強く正当性を主張できる理由がこれです。
兼業先が本業のライバル企業であったり、業務内容が本業で得た専門知識や内部情報を直接利用するものだったりする場合、会社の重要な情報が漏洩するリスクが高まります。このようなケースでは、企業は自社の競争力を守るために兼業を制限することができます。
当然ながら、本業で取得した個人情報を無断に使用した場合は、社員個人の逮捕もありえます。
会社の社会的信用やブランドを傷つけていること
兼業が公序良俗に反するもの(風俗店など)や、会社での立場を利用するものであれば、その社員が所属する会社の社会的信用やブランドイメージが大きく損なわれる恐れがあります。
ネットワークビジネスの集会で、薬剤師がその資格と勤務先をアピールポイントにして「サプリメントのセミナー」を開催していたら、勤務先の信用毀損のリスクがあります。当然、中止を求めるのは正当です。
ただしネットワークビジネスであるという点だけを持って兼業を禁止するのは不当です。ビジネスが合法である以上、会社に実害がないのであれば禁止できません。
利益相反となっていること
社員が本業と競合する事業を自ら始めたり、競合他社で重要な役割を担ったりすることは、会社の利益に反するする行為(利益相反)と見なされます。
たとえば、Aというメーカーの社員として勤務していながら、兼業でBというメーカーの販売店になりA社の顧客リストにDMを送るという行為は、誰から見ても利益相反行為であり、兼業を禁止するのは正当でしょう。
兼業をするときには、会社との合意文書とリーガルチェックを
会社というのは基本的に臆病なものです。そして会社は社員を一切信用していません。
社員をルールで縛り付けて自由を奪うことで、企業統治上、安心してきたのは事実でしょう。
兼業が時代の流れとはいえ、今まで年十年間も兼業禁止が常識だったサラリーマン社会で、会社が社員の兼業を上手に運用するのは難しいと思います。
兼業を解禁するということは、会社の支配が及ばない場所で社員がビジネス活動するということです。兼業をしているうえで本業を秘密にすることはできません。その人のプロフィールを形成しているひとつが本業の勤務先であるため、兼業先では誰もが知るところになります。
それを会社が理解した上で兼業を認めているかというと難しいのが現状です。
兼業先でトラブルを起きた場合、それを本業先に密告するような行為をする人物も少なくありません。「そんな人間を雇っていていいのか」などと詰め寄る陰湿な人物もいるでしょう。兼業先でのトラブルと会社は無関係であると突っぱねることができる企業はどれほどあるでしょうか。慌てふためく会社にとって、簡単な解決策は社員の兼業を辞めさせることになるはずです。
しかし兼業に干渉するのは人権に反することです。であるならば、会社は兼業のルールをきちんと定めておく必要があります。
- 兼業先で会社の名前を積極的に公表するなど、関連付けないこと
- 会社のブランドを利用してビジネスをしないこと
- 会社の備品や会議室を兼業に利用しないこと
- 兼業先のトラブルにより給与の差押えが発生したら懲戒処分となること
- 兼業先で取得した個人情報を会社で使用するときには、兼業先のプライバシーポリシーに明記したうえで同意を得ること、同意の証跡を残すこと
などのルールを定め、社員との間で約束を取り決めておくのが現実的です。
社員と会社との間で信頼関係はゼロであるのが普通です。二者間の明確な合意文書が全てです。社員側としては必ず会社との合意文書について、リーガルチェックを弁護士に依頼しておくことも大切です。
会社との取り決めは、必ず弁護士を介在させるのが当たり前の時代になりそうです
最近多い兼業トラブルのパターン
会社とトラブルになったいくつかの事例を紹介します。どれも社員の兼業に慣れていない会社の狼狽ぶりが見てとれます。
インフルエンサーとして著名になりすぎた20代女性
この10年ほど、InstagramやXなどで膨大なインプレッションを得ているアカウントが増えています。その著名度を利用して、企業からの依頼で商品を紹介したり、アフィリエイト広告を出したりして、利益を得るビジネスがあります。
通称、インフルエンサーとも呼ばれ、特に若い女性には憧れの働き方です。
月の売上が2万円を超えた頃から勤務先に兼業の届けを出した20代女性Aさん。最初こそ会社は認めていましたが、Aさんのアカウントが何度か炎上し1週間ほど鎮火しなかったことを受けて、勤務先が発覚し、矛先が会社に向かうことを恐れたようです。(アカウントでは会社名も実名も出していません。)
アカウントを消せと会社からの要求。当然、飲めるわけがありません。インフルエンサーにとってアカウントは資産です。Aさんは悩みましたが、インフルエンサーとしての売り上げが年間3,000万円を超えていたこともあり、本業は退職しました。
「そんな副業なんか稼げてないんだろ?自己満足なんだから早くあんなの消せよ」
指図するわりにAさんのことを何も知ろうとしない管理職のその発言で、退職を決めたとのこと。
ネットワークビジネスで成功していた30代女性
30代の女性Bさんは、ネットワークビジネスで月の収入が100万円を超えていました。
ビジネス上で勧誘する相手として、同僚と取引先とは関わらないように気をつけているので、トラブル・クレームは一切ありません。会社が兼業を許可するようになっていたので、Bさんも届け出たところ、会社からは即刻その兼業をやめるように命令されました。
その理由を問いただしたところ、「ネットワークビジネスは印象が悪い」との回答を上司が伝えてきました。誰の印象なのかと問うと「世間一般である」とのこと。そして「そういう商売は会社の評判を落とす」と曖昧な答弁を繰り返す上司とコンプライアンス担当社員。
実害は一度も出ていない、出さないように気をつけて行動している、ビジネスは違法ではない、などと説明しても無理でした。当然、自分が育てたビジネスを辞めるわけがありません。辞めたのは本業の方でした。
Bさんの本業の年収は280万円で昇進もなく、新卒から全く昇給していませんでした。
本業の集客のためにウェブ広告を出した40代女性
40代女性のCさんはIFA法人に勤務する営業職です。完全歩合制で、業績不振による解雇制度もあります。
兼業が認められているため、FPとして許可を取っていました。本業で金融商品を販売する見込み客を見つける目的で、FPとしてウェブ広告を出していました。「老後のライフプランニングセミナー」です。その集客によって、勤務先の法人が扱う、金融商品の契約に繋げようと考えていたのです。
Google広告やホームページ、ランディングページに費やした費用は数百万円。しかしトラブルを恐れた会社がその広告をやめるように命令。
「ホームページを消すように」と言われましたが、個人資産であるクリエイティブを消すように求める権利は会社にはないはずです。兼業と言えども売上はゼロ、全て本業のための「名乗り兼業」でしたが・・・
Cさんは会社の言う通りホームページを消しましたが、ほどなくして会社を退職しました。再度費用をかけてホームページを再構築し、Cさんが望む兼業が認められている同業他社に転職しました。
事例に共通するもの
この3つの事例に共通するのは何でしょうか。
それは、
- 会社に実害は与えていない
- 社員の個人資産に対する不当な削除要求
- 兼業を辞めさせる根拠がない
- 上司の無関心とコミュニケーション不足
です。事例で会社が行ったことは全てパワーハラスメントでしょう。
会社が実害を恐れ干渉するのは理解できるとしても、事例は全て一方的な会社の命令になっています。一度も社員と話し合っていません。
上司とのコミュニケーション不足と無関心からの理解不足が、事態を悪化させています。部下よりも会社の方を向いて仕事している管理職では、このようなトラブルは避けようがありません。円満に兼業できるかどうかは、上司との人間関係次第であったりします。
なぜその社員が兼業をしているのか、その気持ちの部分を理解できる上司がいなければ、社員が兼業を理由に会社を辞めることになるのは当然の流れでしょう。
会社は兼業を認めるほどの社内文化は存在しないと自覚するほかありません。
過去の裁判例から見る兼業トラブルの行方
過去の裁判では、兼業を理由とした解雇の有効性が何度も争われてきました。裁判所の判断は、その兼業が「本業に具体的な支障を与えたかどうか」を重視する傾向にあります。
例えば、休日の余暇時間を使った範囲の兼業で、本業への支障が具体的に認められなかったケースでは、解雇は無効と判断されています。
その一方で、連日深夜に及ぶ兼業で明らかに本業の業務に支障が出ていたケースや、会社の競合企業の役員に就任したケースなどでは、懲戒解雇が有効とされた例もあります。
判例がないため憶測にはなりますが、上記の3つの事例の場合、懲戒解雇とはならないものの会社のパワーハラスメントになる可能性が大きいでしょう。
ルールを理解し、円満な兼業を実現しよう
社員の兼業に対して、会社が干渉できる範囲には法的な境界線が存在します。基本的には社員の自由が尊重されますが、「本業への支障」「秘密情報の漏洩」「会社の信用の毀損」「利益相反」といった正当な理由がある場合に限り、会社は兼業を制限できます。
企業側は就業規則でルールを明確にし、適切な管理体制を整えることが求められます。
社員側も、会社のルールを守るは当然ですが、理不尽な兼業禁止(停止)の要求には毅然と立ち向かうべきです。
兼業で会社とトラブルになるのは、主に上長とのコミュニケーション不足、上長の部下への無関心が原因です。
そもそも兼業が必要になる理由そのものが、その会社にい続ける根拠を無くしているという側面があるのかもしれません。本業と兼業では、本業がメインの人生です。メインの人生が兼業をしなくては成り立たないのであれば、退職を考えてもいいのかもしれませんね。






















