火災保険で約7,000万円を詐取した事件が発生・・・
2025年10月16日、ちょっと驚くような報道がありました。
200万円の岐阜の古民家、火災保険で7300万円に焼け太り エース調査員の黒い錬金術
これは火災保険の仕組みを悪用した事件です。
火災保険において、保険金額を建物の時価ではなく、建て替えに必要な費用=再取得価額で計算する仕組みを悪用したということです。
この記事では、火災保険の根幹をなす「時価」と「再取得価額」の基本的な違いから、なぜ両者の評価額に大きな差があると「時価契約」になってしまうのか、その理由と具体的なリスク、そして適切な補償を備えるための対策まで、住宅専門FPが分かりやすく徹底解説します。
火災保険の評価額の基本:「再取得価額」と「時価」
火災保険を契約する際、保険の対象である建物や家財の金額を評価して保険金額を設定するかが最初のステップです。この評価方法には「再取得価額」と「時価」の2種類があります。
再取得価額(新価)とは?
再取得価額とは、保険の対象と同じ構造、質、規模のものを新たに建築、または購入するために必要な金額を指します。「新価」とも呼ばれ、現在の火災保険契約の主流となっています。
例えば、3,000万円かけて建てた家が全焼してしまったとします。この家を「再取得価額」で契約していれば、再び同じ家を建てるために必要な費用である3,000万円が保険金として支払われます(自己負担額などを除く)。
再取得価額で契約するメリット
- 十分な補償: 火災や災害で全損した場合でも、受け取った保険金で同等の建物を再建できるため、生活再建がスムーズに進みます。
- 安心感: 自己資金を大きく持ち出すことなく、元の生活を取り戻せるという安心感があります。
時価とは?
一方、時価とは、再取得価額から、経年劣化や使用による消耗分を差し引いた金額を指します。いわゆる「現在の価値」です。自動車保険の車両保険をイメージすると分かりやすいかもしれません。新車で購入した車も、年数が経つにつれて価値が下がっていくのと同じ考え方です。
建物の場合、この価値の減少分を「減価償却」といいます。木造住宅は特にこの減価償却が早く、築20年も経つと建物の価値が大きく目減りしていることがあります。
先ほどの例で、再取得価額が3,000万円の家でも、築年数が経ち、減価償却によって時価が1,200万円と評価された場合、「時価契約」では全焼しても1,200万円しか保険金を受け取れません。
時価契約のメリットとデメリット
- かけ金が安い: 時価契約はかけ金が安くなる傾向があります。保険会社は減価償却された時価で保険金を支払うため、リスクが低くなるからです。
- 補償が不十分: デメリットとして、受け取れる保険金だけでは、同等の建物を再建することが極めて困難になります。差額の1,800万円は自己資金で賄うか、家の規模を縮小したり、グレードを下げたりといった妥協が必要になります。
このように、どちらの評価方法で契約するかによって、万が一の際の補償内容が全く異なってくるのです。
時価と再取得価額の差が大きいと「時価契約」になる
現在の火災保険は再取得価額での契約が基本です。
しかし、築年数が古い建物など、時価と再取得価額の差が大きい場合は「時価契約」になります。
その背景には、保険制度の根幹に関わる2つの重要な原則があります。
理由①:保険の基本原則「利得禁止の原則」
保険契約には「利得禁止の原則」という大前提があります。
これは、「被保険者は、保険事故の発生によって利益を得てはならない」という考え方です。
保険は、あくまでも被った損害を補填し、事故がなかった元の状態に復旧させることを目的としています。もし、損害額以上に保険金が支払われると、被保険者が不当な利益を得ることになってしまいます。
例えば、時価1,000万円の価値しかない古い家に対して、再取得価額である3,000万円の保険金を支払うとどうなるでしょうか。被保険者は、火災によって1,000万円の価値のものを失ったにもかかわらず、3,000万円の新しい家を手に入れることになり、結果的に2,000万円の利益を得たことになります。これは「利得禁止の原則」に反してしまうのです。
理由②:不正請求を防ぐ「モラルリスク」の排除
「利得禁止の原則」と密接に関わるのがモラルリスクです。
モラルリスクとは、倫理観が低下した人物が、意図的に保険事故を発生させたり、損害を過大に申告したりする違反行為を指します。
もし、時価が著しく低い建物に高額な再取得価額の保険をかけられるとしたら、「わざと火事を起こして、保険金で新築の家を建てよう」と考える人が現れるかもしれません。このような不正な保険金請求の動機を与えないために、保険会社は建物の実態価値(時価)とかけ離れた高額な保険金額での引き受けを避けるのです。
特に、木造住宅で築25年を超えるような建物は、税法上の減価償却では価値がほぼゼロに近くなるケースもあります。このような建物に対し、再取得価額での契約を無条件に認めてしまうと、モラルリスクが著しく高まると判断されます。
これらの理由から、保険会社は建物の築年数や状態を鑑み、再取得価額と時価の乖離が非常に大きいと判断した場合、リスク管理の観点から「時価」を基準とした契約しか引き受けない、という措置を取るのです。
時価契約に潜むリスク
昨今の火災保険ではめったにありませんが、保険料が安いという理由だけで時価契約を選んでしまうと、いざという時に後悔することになりかねません。しかし、古い契約では時価で計算されていることがあるため要注意です。
改めて、時価契約のリスクを確認しておきましょう。
- リスク1:自己負担額が莫大になる 前述の通り、最大のデメリットは補償額の不足です。家の再建費用と受け取れる保険金の差額は、すべて自己負担となります。数百万から数千万円にもなるこの差額を、災害時にすぐに用意できる家庭は多くないでしょう。結果的に、ローンの残債と新たな建築費用で二重の負担を強いられる可能性もあります。
- リスク2:「保険に入っていたのに…」という精神的ショック 「万が一のために高い保険料を払ってきたのに、これだけしか補償されないのか」という事実は、被災した当事者にとって大きな精神的ショックとなります。金銭的な問題だけでなく、生活再建への希望を失いかねない深刻な事態です。
- リスク3:知らずに時価契約になっている 長年、火災保険を見直していない場合、契約当初は再取得価額だったものが、自動更新を繰り返すうちに、現在の建物の価値に合わせて時価ベースの評価額に知らず知らずのうちに切り替わっている(あるいは、古い契約のままでそもそも時価契約だった)ケースも散見されます。保険証券を確認し、自分の契約がどちらになっているか把握しておくことが重要です。
かつては36年という長期の火災保険も存在しました。その時代はほとんどが時価契約です。「火災保険に入っているから安心」と考えていると、いざ火災で全焼したとき、後片付けをする程度の保険金しか受け取れないことになります。
古い家でも「再取得価額」で契約するための対策
では、築年数が古い家を所有している場合、十分な補償を受けることは諦めなければならないのでしょうか。
答えは「いいえ」です。いくつかの対策を講じることで、「再取得価額」で契約できる可能性は十分にあります。
対策①:「価額協定保険特約」を付帯する
現在の火災保険の多くは「価額協定保険特約」が付帯されています。
これは、契約時に保険会社と契約者の間で建物の評価額(再取得価額)を協定(合意)し、保険期間中は建物の時価が下がっても、契約時に定めた評価額を保険金額として契約するという特約です。
この特約が付帯されていれば、万が一全損した場合は、契約時に定めた保険金額が支払われます。これにより、「利得禁止の原則」の問題をクリアし、古い家であっても再取得価額での補償を受けることが可能になります。
ほとんどの保険商品で自動的に付帯されていますが、念のため保険証券の特約欄を確認し、「価額協定保険特約」や「再調達価額協定特約」といった記載があるかチェックしましょう。
対策②:建物の適切な評価を提示する
大規模なリフォームやリノベーションを行った場合、建物の価値は購入時よりも向上している可能性があります。その場合は、リフォームの証明書や資料を保険会社に提示することで、評価額が見直され、再取得価額での契約がしやすくなることがあります。
2023年頃から、損害保険会社各社は築40年以上の建物の火災保険を引受不可、または厳しい条件付きでの引き受けとなりました。ただしコープ共済などは築年数に制限を設けていないようです。(2025年10月現在)
自分の保険証券を確認しましょう
この記事では、火災保険の「時価」と「再取得価額」の違い、そして築古物件が時価契約になりやすい理由とその対策について解説しました。
【本記事の重要ポイント】
- 再取得価額:同等の家を建て直すために必要な金額。現在の主流。
- 時価:再取得価額から経年劣化分を引いた金額。補償が不十分になるリスク大。
- 時価契約になる理由:「利得禁止の原則」と「モラルリスク」を避けるため。
- 対策:「価額協定保険特約」の確認と見直し
火災保険は、一度加入したまま見直さないことが多い保険の一つです。
しかし、建物の価値や家族構成、そして保険商品そのものも時代と共に変化しています。ご自身の保険証券を確認し、「保険金額」が「再取得価額」を基準に設定されているか、「価額協定保険特約」が付帯されているかを確認してみてください。
もし時価契約になっていたり、補償内容に不安を感じたりした場合は、速やかに保険会社や代理店に相談し、火災保険の見直しをすることをお勧めします。
もちろん、長岡FP事務所でも火災保険のお見積りが可能です。お気軽にお問い合わせください。






















